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五感生活 二十四節気「夏至」


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目 次 


〔五感の二十四節気 〕*****************
  夏至
***************************            







目の前でアーティストが汗を流し、身をよじらせ、声を振り絞る。二度と再生できない「今・ここ」だけの時・空間を、好きなアーティストの肉体と一緒にリズムを共振し、体感する幸せ。それはまさしく一回性の至福、特権的な体験です。

 

CDの売上減少が目立つ昨今。ネットでの有料配信・ダウンロード数は増加しても、CDの落ち込みをカバーするほどには至らず。複製コンテンツに替わって今人気を集めているのがライブです。その市場規模は急拡大し2006年からの10年間で、なんと2倍近くにまで拡大したとか。

そうしたライブの楽しみは、何も「音楽」に限りません。

舞台・演劇に足を運ぶ人も目立つ昨今。そもそも演劇の原点は「芝居」、読んで字の如く「芝の上に座って見る娯楽」です。屋外の土の上で繰り広げられる「芝居」スタイルを、長年追い求めてきたのが唐十郎氏。劇団員が自らの手で土の上に柱を立てて、紅い色のテントを張り、地面にはゴザを敷く。観客たちはその上に膝を抱えて座り、舞台に見入る。

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嵐の日も真夏の日も土砂降りの日も極寒の中でも、唐氏の芝居はテント小屋で行われてきました。その唐氏主宰の劇団においても、"ここ数年で10代20代の若い観客、役者の姿がぐんと増えてきた"というのです。

唐組は30周年記念公演第一弾として『吸血姫』(演出・久保井研+唐十郎。47年ぶりの再演)のツアーを大阪からスタート。

 

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その物語は......幕がパッと開くと、スポットライトを浴びながら白衣姿で歌う銀粉蝶。歌手デビューを夢見る老看護婦の役を、銀粉蝶が取り憑かれたような狂乱ぶりで演じ、観客の心をわし掴みにしていきます。

 

そして舞台の上には次々に、関東大震災で焼けた町、被災者が眠る上野の森、その先に立ち現れる幻の満州、東洋のマタ・ハリと呼ばれた女スパイ川島芳子......と幻想のように幾重にもイメージが立ち現れ、地層のように折り重なっていく。

まるで禍々(まがまが)しい悪夢を見ているようでもあり、観客の意識は日常と切り離され、幻想空間へと連れ去られます。

 

唐組166.JPG唐組提供

6月末まで公演は新宿・花園神社、池袋・鬼子母神、長野市城山公園、静岡駿府城公園(最終日は6月23日)と移動していきますが、もちろん全てが土の上に紅いテントを張って興業される「芝居」そのものです。

戯曲家、演出家であり役者、芥川賞作家でもある唐十郎氏は1964年、「状況劇場」を旗揚げしました。その後集団は「唐組」と形を変えつつも通算50年以上、一貫してテントの野外芝居を続けてきました。本拠地とも呼ぶべき場が東京・新宿、高層ビルやデパートが林立する大都会の真ん中にある花園神社境内です。そう、東京広しといえどもテント芝居を境内で継続して受け入れてきたのは唯一、ここ花園神社だけ。

ご存じのように、「新宿」という町自体が猥雑の極致であり、花園神社の隣にはゴールデン街と歌舞伎町、そして明治通りの向こうには新宿二丁目。境内はまさしく大繁華街の一画。だから、飛び込んでくる騒音も生半可ではない。

サイレン音から宣伝カーのがなりたてるスピーカーまでがテントの中に響く。しかし、その音が邪魔になるかというと、不思議なことに全く逆です。芝居の筋と町の音とが奇妙に重なりあい溶け合って、ライブの緊張感を増幅させ、相乗効果となるから面白い。

まさしく「今・ここ」の一回性のスリル。唐組の芝居は都会に漂う妖気や時代と状況を丸ごと吸い込むライブのパワーを持っているのでしょう。

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唐組25.JPG唐組提供

 

 

 

そして、今回客演をつとめる銀粉蝶は「最後のアングラ女優」の異名をとる存在。昨今は民放ドラマやNHK朝ドラ『梅ちゃん先生』『わろてんか』等にも出演しお茶の間でもその美形が知られていますが、奇しくも、役者になるきっかけが47年前の初演『吸血姫』にあったという。この舞台を観た彼女は強烈な衝撃を受け、芝居の道へと入り込んでいったのだとか。

いや、彼女だけではありません。唐氏のテント芝居に魅了され、いったいどれほど多くの人が心をさらわれてしまったか。

47年前の『吸血姫』初演時のポスターには麿赤兒、大久保鷹、不破万作、田和耶、大月雄二郎、根津甚八、十貫寺梅軒、赤瀬川原平といった名が印刷されています。そう、麿赤兒は当時状況劇場の中心的役者であり、脱退した後は集団による新たな舞踏の世界を拓いて活躍しました。今どきの若者は麿氏の名は知らなくとも、息子の大森南朋の名前はよく知っているかもしれません。

そして、ご存じ、根津甚八。唐氏のテント芝居で活躍した後にテレビへ出て売れっ子となった役者には根津甚八の他に小林薫、佐野史郎ら錚々たるメンツが。

また、ポスターに名前が見える赤瀬川原平は現代アートの騎手として名を轟かせ、後に芥川賞作家(純文学作家としてのペンネームは「尾辻克彦」)に。

一方、世界的演出家とされる蜷川幸雄も、紅いテントの「ゆりかご」で育てられた一人でしょう。唐氏から傑作戯曲『盲導犬』『唐版・滝の白糸』等を書き下ろしてもらった若き蜷川氏は、それを大きなバネとして演出の才能を花開かせていったのでした。

また、女優・吉行和子も唐氏の名作『少女仮面』で少女・貝の役を演じることによって女優としての転機を掴んだのよ、と私に語ってくれました。紅いテントの芝居が排出した才能は数知れず。枚挙にいとまがありません。

舞台に立つ役者は「客をかどわかして連れ去りたいといういたずら心で一杯だ」(『特権的肉体論』)と語っていた唐十郎氏。今は脳挫傷の後遺症で闘病中ですが、今公演ではテントに姿を見せ、カーテンコール時には舞台に上って得意のベルカント唱法で歌のさわりを披露してくれました。

見ている人の気持ちをぐっと掴み、非日常の空間へとさらっていく。強烈な「人さらい」力を持つ紅いテントの芝居。それは同時に、個性派役者を育てる独特な「ゆりかご」であり、今どきの若い人たちをさらっていく、ライブの中のライブなのです。                      

                               (出典「NEWSポストセブン」2018.5.19)


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五感生活 二十四節気「小満」


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目 次 


〔五感の二十四節気 〕*****************
  小満
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5月半ば過ぎる頃から、世界は緑色。新緑、緑陰に溢れていく。
山椒の木の芽、カエデの木の翼果。
お茶のお稽古にいそしむ私としては、
やはり新茶、八十八夜の茶摘みでしょうか。
抹茶の一大産地は、愛知県・西尾。最大の生産量を誇ります。
そこで出会った茶摘み風景とは……
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稲荷山という高台に、茶畑が続く。
そこで抹茶のための手摘みをしていたのは、なんと、ジャージ姿の地元中学生でした。
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「勤労学習なんです」と先生。
「今は農家も人手不足で、茶摘みをする人が足りない。手摘みですから、毎年中学生たちの手を借りているんです」
目標の収穫量が掲げられている。真剣そのもの、私語などなし。
朝から夕方まで、数日から一週間。
ボランティアといった気楽さではなく、収穫しているという緊張感に、新鮮な驚き。
「作業で得たお金を、部活の備品や楽器の購入にあてるんです」と先生にお聞きして、なるほど。
 
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地域には、黒い覆いをした茶畑が続く。
お茶は、覆いの下で日光を遮られて育つと、甘みと旨味が凝縮されます。
アミノ酸がカテキンになるのを抑制し、渋みにならないのです。
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そうやって育てた特別なお茶を、手摘みし選別して、蒸して冷却。
普通は、蒸した後に揉む行程がありますが、抹茶にはありません。そのまま展茶として、
熟成され、初冬の口切りの頃に、石臼で挽かれて4ミクロンの粒子となるのです。
昔は宇治でしか許可されていなかった製法ですが、今は西尾が最大の産地です。
西尾にお茶が入ってきたのは、実相寺の開祖、聖一国師茶種をまいてから、といわれています。
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實相寺

「1601年に村々に宛てた「仕置之覚(しおきのおぼえ)」の中で、飲用のためのお茶の栽培を奨励する一文です。当時は独立した茶畑は少なく、他の作物とともにあぜ際や屋敷の隅などで育てられていたようですが、お茶の木は珍重(ちんちょう)され売買の対象になっていたようです。

生産が本格化したのは、明治に入ってから。お茶が商品作物として認められたこと、紅樹院(こうじゅいん)住職が積極的に広めていってからのことです。早くから高級茶の製造を目標にしていましたが、大正後期になりてん茶の生産が中心になり、昭和10年前後には県下でトップレベルに達しています。戦前戦後の混乱期を経て、その後、栽培技術や加工技術、設備などレベルアップが急速に進み現在の発展につながりました」(西尾市ウエブサイト)

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紅樹院のお堂。

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五感生活 二十四節気「啓蟄」


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〔五感の二十四節気 〕*****************
  啓蟄
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いよいよ啓蟄。ポカポカと暖かい日差しに植物も虫も、そして人間も、浮かれて出てくる頃。
どこかへフラリと出かけたくなる陽気。
でも三寒四温とはよく言ったもので、暖かいなと思うと、次の日は突如、冷気に包まれる。そしてまた暖かい日が来て……。今週の東京はそんな乱高下に感じになりそう。
テレビのニュースで「靖国神社の桜が開花した」とは言っていますが、まだまだ温度の変動が激しくて、気が抜けない日々ですね。
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 気温の変動だけでなく、東京のこの1週間は春の雨に浸ることになりそうです。桜の開花の時期は、あまり天気が安定せず風や雨によって開いた桜もすぐに散ってしまうことが多い。
名残惜しさ、それも桜の魅力の一つかもしれません。

 かの在原業平も、そう嘆いていました。
「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」
 -この世の中に桜の花がなかったなら、春の人の心はどんなにか、のどかなことであろう..
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花粉症で悩む人も多い時期ですが、お花見をしていて花粉症がひどくなる、という話はあまり聞きませんね。花粉症の私自身、「外に出たくない」という気分にはなるけれど、桜の花の下に行くとくしゃみがひどくなる、という経験をしたことは、たしかにありません。なぜなのだろう? 気になって調べてみると、なるほど。理由がありました。
桜は虫媒花。つまり、昆虫が花粉を運んでくれるのです。
華やかな花、甘い蜜・香りで昆虫を誘っているのですね。昆虫が運んでくれるから、大気の中に飛散させる必要がない、だから桜の下に花粉が舞っていることはないのだそう。
そうか、桜は、花粉症の味方か。
醍醐の桜2.JPG醍醐寺にて
一方、今の時期はその名前も聞きたくないスギやヒノキ。彼らは「風媒花」なのです。虫が運んでくれないがために、大量の花粉を風で飛ばして子孫を残そう、という生存戦略なのですね。
どちらが良い悪いではなくて、生き抜く方法の違いです。花粉症は、まさしく人間が生み出した疾病ですから。
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吉野山にて
       吉野山ひとむら見ゆる白雲は 吹き遅れたる桜なるべし  西行

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五感生活 二十四節気「雨水」


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目 次 


〔五感の二十四節気〕***************
雨水
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暦の上では、雨水。
雪ではなく、雨が降ってきて土が湿り気を含む頃。
いよいよ春です。
 


2011年3月の東日本大震災。

あれから7年近く経つけれど、東京の様子を、今も時々思い出す。


地震発生からまだ数日しかたっていない日、お茶の稽古の予定が入っていた。
でも、東京では余震が続いていたし、計画停電の話も出ていた。こんな不安な中で、呑気にお茶の稽古などできるのだろうか? 炭の火を使って釜の湯を沸かすことなんて、できるのだろうか?


こんな非常事態に、お茶。


しかし、私の師匠はこうした時にも稽古を休むことはない。
まちがいなく。


稽古場へと足を運ぶと案の定。

扉を開けたとたん、炭と練香の匂い。

炉に火が入っている。釜がシューシューと音を立てている。

その下にある炭は赤々と燃えていて、空気を暖めてくれている。


まったく何も変わらない。肌寒い時期の稽古場の風景そのもの。


ただし、よく見ると一つだけ、普段見かけないものが床の間に置かれている。
乳白色の和蝋燭が燭台の上に刺さって、すっと伸びている。


夜には計画停電が予定されていた。

突然、稽古中に停電になった際に、蝋燭を灯して続ける心づもりなのかもしれない。


実際には計画停電は行われることはなかった。
消えるかと思われた東京の郊外の町の明かりは、しかし落ちなかった。

電気は供給され続けたのだった。

いやだからこそ、全ての電気のスイッチを消すように師匠は指示した。闇と炎.jpg


「蝋燭を灯して稽古してみましょう」

 

そして暗くなった畳の部屋に、和蝋燭の火がともされた。

ゆらゆらと空気の動きで、微妙に揺れる炎。
畳の上に伸びる光と影。






光があれば、くっきりと影もできる。
光の届く範囲は狭い。

遮られたところは真っ黒に塗りつぶしたような、不思議な気配。
陰影。
光と影。


当たり前のことかもしれない。しかし、常に煌々と畳を照らしている電気の照明に慣れた私の目にはとても新鮮だった。明るい場所では気付かないことがたくさんあるらしい。そう気付いた。




蝋燭の光で、茶の湯の稽古をしたのは初めて。

ゆれる蝋燭の光の中で見る漆器は、闇と一緒になって溶けていく。


漆を塗ってある肌に、金で蒔絵が描かれている。黒い肌の、深い闇のような色。沈んでいくような、溶け入るような黒。
抹茶を入れる器・道具である「棗」が、いつもとまったく違う見え方をしていたことが忘れられない。

光に反射する蒔絵。
でも、金色はどちらかといえばしっとりと落ち着いていて、ゆらぐ蝋燭の炎によって、時折り鋭く浮き上がる。全体は闇に包まれていて、蒔絵の金が一時の幻のよう。





 「闇を条件に入れなければ漆器の美しさは考えられないと云っていゝ」


そう喝破したのは、谷崎潤一郎だ。


「昔からある漆器の肌は、黒か、茶か、赤であって、それは幾重もの「闇」が堆積した色であり、周囲を包む暗黒の中から必然的に生まれ出たもののように思える。派手な蒔絵などを施したピカピカ光る蝋塗りの手箱とか、文台とか、棚とかを見ると、いかにもケバケバしくて落ち着きがなく、俗悪にさえ思えることがあるけれども、もしそれらの器物を取り囲む空白を真っ黒な闇で塗り潰し、太陽や電燈の光線に代えるに一点の燈明か蝋燭のあかりにして見給え、たちまちそのケバケバしいものが底深く沈んで、渋い、重々しいものになるであろう」(『陰翳礼讃』)


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藤村庸軒好みの落梅のデザイン。黒い世界の中に、浮き上がる梅の花。





谷崎が発見したのは、闇と漆器の関係だけではない。

「羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる。人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い槐になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う」(同)

 

羊羹と黒い漆器か。

その類似性を、まさしく感覚でとらえた谷崎おそるべし。

室内の暗闇が、羊羹の中に溶け込んでいるなんて。それが甘みになるなんて。


虎屋の羊羹「夜の梅」がどうしても食べくなった。

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「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」という和歌からつけられたというその菓子の名前。





切り口に見える小豆が、闇の中の梅の花を想起させます。


春の夜の闇の中、梅の花のせっかくの色が見えなくなってしまうが、素晴らしい香りだけは隠れようもない、という、「闇と梅」とを詠んだ歌。いや、むしろ視覚的なものを引き算した時にこそ、本質的な魅力がぐっと立ち上がってくる、ということを教えているのかもしれません。





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五感生活 二十四節気「立春」

 

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目 次 


〔五感の二十四節気〕***************
立春
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暦の上では、もう春。
立春です。
外はまだ寒い日が多いけれど、それでも「三寒四温」の様相を示し始めた気配。
かなり暖かい昼間。日差しはぽかぽか。
でも、夕刻にぐっと冷え込んで、また朝は冷えきってしまう。
そんな日々がしばらく続きます。
植物も必死に生きています。
そろそろ芽吹く準備をしている気配もあれば、
何とか雪をよけようと工夫をしている種もあります。
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椿のつぼみは、葉の下に頭を下げている。
それは「雪を避けている姿勢なのてす」と、植物に詳しい知人に教えていただきました。
そう思って見れば見るほど、風情がありませんか?
雪を避けようとしている、美しい女性の姿?
調べてみると、「椿のつぼみが、葉っぱの上に出ている年は小雪」といわれるのだとか。
反対に、「つぼみが葉の下にできる年は大雪」。
ということは、まさしく今年の東京の椿の姿そのもの。
自然は世界の変化をよく知っている!今年の気候に対応てしている!
つぼみの着く形で、その年の雪の降り方がわかるのだとすれば。
凄い!
おそらく、冬になるまでのその季候の状態から、先を予測し、自然に防御の姿を作るのでしょう。
ではなぜ、椿は敢えてこんな極寒に一人咲くのでしょうか。
こごえそうなこの時期に?他の花がほとんど無い時期に?
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椿は、鳥に花粉を運んでもらう「鳥媒花(ちょうばいか)」。
冬の時期は虫が少なく受粉を虫に手伝ってもらえない。
それは同時に、他に花が少ないから目立つ。鳥が花を目指して飛んできて、花
粉を運ぶ作業をしてもらいやすい。
つまり、椿が独占できる。
敢えて真冬を独占する、椿の花。
スバラシイ生存戦略。
強い生命力。
も豊富に分泌されてとても甘いのだそう。
何かの力を手助けにして、上手に生きぬいていく。
そして、お茶の木も鳥媒花。ツバキ科ツバキ属チャ節、お茶と椿とは親戚ですものね。
学ぶところが多いな。
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そして、極寒の時期にまず咲く、黄色の花。それがまんさく。
東北地方のなまりで「まんずさく」から「まんさく」となったそうです。

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五感生活 二十四節気「大寒」

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〔五感の二十四節気〕*************
 大寒          
**********************
2018年、東京の「大寒」は、大雪でした。
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どんどん積もる。みるみる積もる。
そのうち銀世界。
朝起きれば、23センチの積雪。
通勤・通学の方々、ご苦労お察しします。
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魔法のように、一夜で変貌してしまう世界。
大人になっても、その神秘には震えてしまう。
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雪の上に、はらりと落ちた松葉一つ。
誰の手も、介していないけれど。
ステキなデザイン。
竹藪の雪にもびっくり。
見たことのない風景があったのです。
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東京に雪が積もった時、この小さな公園に必ずできている。
雪だるまの不思議。
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五感生活 二十四節気「小寒」


目 次 


〔五感の二十四節気〕*************
 小寒           厳しさの向こうにある、あたたかさ
**********************
いよいよ一年で一番寒い時期になりました。
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二十四節気にきちんとあわせるように、東京も寒の入りの1月5日は、
日中の気温が5度までしかあがらず、
どよんとした曇り空の下で凍えています。
雪もはらはらと落ちてきそうな、小寒。
 
これからは節分まで「寒」。じっと寒さをこらえましょう。
できれば寒さゆえの風景、寒い時でしか会えない何かと
出会いたいもの。
そこでこの時期にぜひご紹介したいのは、
与謝蕪村作『夜色楼台図』(やしょくろうだいず 国宝)。
初めて見た時の印象は、不思議なことに、
雪の夜なのに、なぜかあたたかいという感じでした。
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町がほのかに光っている感じ。
生活の光なのでしょうか。
暮らしの気配も感じられます。「与謝蕪村 夜台」の画像検索結果
この絵は、「水墨画に似て水墨画にあらず、山水画に似て山水画にあらず」と言われます。
たしかに、水墨画とはちょっと違う。
何が?
水墨画にあるような、どこか神秘的な渓流や険しい崖、厳しさ、都会から遠く離れた幽郷などではなく、すぐ近くのどこかにありそうな普通の日本の町を描いていること。にぎわいが感じられること。人肌の温度が感じられること。
 
この風景は、京都東山の麓の町並を描いた、というのが定説だそうです。
大阪に生まれ、江戸に出た後、最後に腰を落ち着けた京都。
蕪村は京都で絵師として晩年を過ごしました。この絵もその頃に描かれたものとか。
蕪村は、1716(享保元)年、摂津国東成郡毛馬村(現大阪市都島区毛馬町)生まれ。
でもあまり詳しいことはわかっていないそうです。
わかっているのは大阪出身で、俳諧を学び詩・書・画に励み、
敬愛する松尾芭蕉の「奥の細道」の跡を遊歴するなど、
芭蕉をトリビュートしていたということ。
一度は出家し、僧侶となり、また俗人へと世俗に戻ってきた自由人。
旅を愛した放浪の人。
孤独を知っている人のやさしさが、じわっと滲み出てくるような「夜色楼台図」。
技法には、独特な工夫がこらされていました。
紙に胡粉が塗られていて、その上に町が描かれているのだそうです。
そのため、胡粉が光を反射して、
うっすらと明るい感じを表しているのだ、と言われます。
しんしんと降る雪。
屋根の雪も胡粉を使って描いた蕪村。「与謝蕪村 夜台」の画像検索結果
厳しい自然の美よりも、
人が肩寄せて集まって暮らすほんのりしたあたたかさを、
光の工夫によって浮き上がらせた一枚。
かつて、真冬の新幹線の車窓から、非常に似た光景を目撃したことがあります。
どきっとしました。場所は京都ではなく、その手前、岐阜県あたりだったと思いますが、
雪に降り込められた町の様子が、蕪村の絵にそっくりそのままだったから。
雪によって適度に人工物を隠された郊外の町は、江戸時代の京都の風景とあまり変わらずに
映るのかもしれません。
一年で一番寒い小寒に、
美しいものを発見できました。
蕪村ラブ。厳しさの向こうに優しさが滲む人。
「春の海終日のたりのたり哉」の句を生んだだけありますね。

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2018-01-01 五感生活 元旦


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目 次 


〔五感の二十四節気〕*************
 
元旦
 
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2018年、新しい年の始まりです。       戌年の犬筥(いぬばこ)@東京国立博物館
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今年もどうぞよろしくお願いいたします。
犬筥とは、幼子の顔をした雌雄一対の犬。和紙の張り子の犬に、美しい色彩で装飾が施されています。
安産の象徴として、またこどもが丈夫に良く育つことを祈り無病息災のお守り等として作られてきました。左向き(向って右)が雄。右向きが雌で、かつては白粉なども納められたそうです。
おめでたいアイテムとして、もう一つ。大黒様です。
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こちらも東博でお目にかかりました、素晴らしい木彫。
頭巾を被って、右手には打ち出の小づち、左の肩にを担いでいて、足下には米俵。
木造なのに、このリアルな曲線。すばらしい。足で上手にバランスをとる感覚まで伝わってきます。
袋の重たい感じも。
では、このたっぷりとした袋の中にはいったい何が?
人間にとって最も重要な七つの宝物が 入っていると言われています。
その七宝とは…金、銀、瑠璃(るり)、玻璃(はり)、硨磲(しゃこ)、珊瑚(さんご)、瑪瑙(めのう)の7種(観無量寿経による)。
物質的な宝物ではなく、寿命、愛嬌、大量、清麗、人望、威光 という説もありますね。
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に目を凝らすと、見えた! 何か文様が。
もっとアップで見てみると、0109.JPG
その一つは宝珠でした。
ほら貝や、果実も描かれています。
この発見、何だかとてもありがたい気持ちになりました。

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五感生活 二十四節気「冬至」



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目 次 


〔五感の二十四節気〕*************
 
 冬至
 

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冬至です。夕方、すぐに暗くなってしまう。寒くて心寂しい気分になる夕刻。top.JPG



一年で一番、昼が短い時期ですから、仕方ありません。
考えようによっては、冬至こそ、めでたい。これから太陽の光がだんだんに強まっていく、

そう、太陽の誕生日です。超ポジティブシンキングです。















 


玄関の扉を開けると、ふわっと香る柚子。

それは、京都・水尾から届いたばかりの、芳香。


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その香りを嗅いだとたん、冬の厳しさが、ふっと緩み、癒やされるような気がします。
冷たい空気の中で、いや、冷たいからこそ、こんなに美しいものが生まれるんだな。
冬が育てた輝かしい実なんだ。




歴史的には、柚子は奈良時代には渡来していたといわれています。

「続日本紀」(797年)によれば772年6月、「往々にして京師に隕石あり、その大きさ柚子のごとし」つまり、落下した隕石が「柚子ぐらいの大きさだ」という記述が。そのよういえば伝わる、ということは、すでに日本人に暮らしの中で柚子がなじみのある植物であったことが推測されます。


 

京都・嵯峨水尾の柚子は、14世紀初頭、花園天皇が水尾の地に植えたとされ、日本の柚子栽培発祥の地と言われています。ここの柚子は実生(種から栽培する事) から育てられ、高級料亭などへも納められている非常に立派なもの。

水尾の村落ではこの季節、柚子湯と鶏鍋を出してくれる民宿的な料理店がいくつか。

yuzufuro.jpg柚子湯のいい香り



一人前の実が生るまでに、種からだと20年もかかってしまうため、最近の大きな産地のものは接ぎ木して育てているそうですが、水尾では古木が多くしかも他の種と交わることなく日本古来の柚子の香りを保ってきたのだそうです。


 

そもそもは大陸から伝わってきた柚子。

千年以上の時を超え、今でも日常の中で愛されている不思議。

絞った時のあの、爽やかな香り。




皮の油胞(小さいツブツブ)には、ゆず特有の強い香り成分「ユズノン」が含まれていて、

あたりを埋め尽くす芳香にうっとり。
柚子湯にしたり、ユズコショウのように調味料として使ったり。
その他「リモネン」や「ピネン」などの香り成分も含まれていて、ゆったりと心をリラックスさせる効果もあります。


砂糖.JPG水尾でいただいた柚子の砂糖漬




花言葉は、「健康美」「汚れなき人」「恋のため息」。5~6月に咲かせる白い花が実に美しくてよい香り、純粋な印象です。


いつもは鍋に入れるポン酢に使ってみたり、ジャムにしたりしてきたのですが、今年はちょっと風変わりなものにしてみました。

じゃーん、「柚子まんじゅう」です。



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固くなった饅頭をちぎって、柚子のくりぬいた皮の中に詰めてから、蒸す。
すると、芳香とあんこが溶け合う、優雅な世界が現れます。


表千家『同門』という会員誌の中、「菓子珊珊」という頁で紹介されていた柚子の活用方法です。
「柚子の中味を掻き出し、子供の粘土工作の様に饅頭をちがっては入れる。出来上がりの模様を想像しながら、しっかりつめる。蒸し上げ、庖丁を入れる時、はたして景色はどうかと、わくわくし、満足感も一入、手造り菓子ならではの満悦の瞬間である」(p14)


 前回、収穫時にその実をすべて収穫しない「木守柿」のお話をしました。実は柚子にも、「木守柚」という風習があることを知り、心がほかほかっとしました。

それは、「幸魂(さちだま)」信仰に由来するとの説も。

最後の一つの実を、次の生命につなげていく、おおらかでステキな発想ですね。



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五感生活 二十四節気「大雪」


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目 次 


〔五感の二十四節気〕*************

「大雪」

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日本海側は大雪でたいへんというニュースが入ってきます。
二十四節気は「大雪」。
山々は雪の衣を纏って、冬の姿となる頃。
池や川に氷を見るようになり、大地に霜柱、東京も朝は零度の寒さ。初氷。
暦にきっちりと沿って季節が巡っていますね。
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応挙(東京国立博物館)は雪の質感を、墨だけで実に上手に表現しています。
 
葉を落とす木々。この頃になると、もうかなり落葉も進み、寒々しい枝ぶりに。
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でも、葉を落とすということは、木々の中に次の芽が準備されている印だと、聞きました。
そうでなければ、落とすことはできないのだ、と。
私の解釈では、
「無くなる」ということは無い。
無くなる前に、次の命は準備されている、ということかな。
 
不生不滅、不垢不浄、不増不減と般若心経には書いてあります。
増えないし減らないって。
 
柿の木の枝は、ほとんど葉っぱが落ちてしまって、そのごつごつとした枝は、寒風の中にさらされた
骨のよう。しかし、その枝に一つだけ、真っ赤な実が残っているのに気がつく。
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取り尽くさない思想。食べ尽くさないこと。
「来年も実りますように」と心の中でお願いして、木のてっぺんに残しておくという、祈りにも似ている。
自然の力と寄り添い、一緒になって生きていく、という静かな決意。それをデザイン化したのが、木守り(きもり)。
ステキな意匠ですね。「木守り」好きです。
 
利休は、長次郎の作った数十個の茶碗を並べて選び取らせたそうですが、
1つの茶碗だけ残ったとか。
赤茶碗・銘木守・惺入補造・松平公益会蔵
それを『木守』と名付けたとされています。
柿の収穫時に木に一つだけ残されるあの、木守りの柿にたとえた『木守』という銘の茶碗。
自分の意志とは関係なく、残されたものの中に何かを発見していく思想がカッコいいです。

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